伝統の美学と哲学|エッセイ|


私は、テレビの時代が終わったと強く感じている。

娯楽化され過ぎたテレビは、真実を語っていない。

そして、テレビのシナリオは、まったく楽しくない。

今の時代、私は真実の無縁の娯楽に興味関心もない。

私は私を信じて伝統の美学と哲学を日々学んでいる。

新聞は、私も大好きなメディアであり、活字が大好き。

しかし、新聞も情報の偏りがあったり、話題の洪水である。

ということは、メディアというのは、大きく話題を取り上げる。

答えは無限にあるが、真実は一つしかない内面の波動。

その波動を伝えていないメディアも多くあるのが現実問題。

政治にしても娯楽化された、要するにエンターテインメント。

私が住む大崎上島町は、メディア中毒症状、病的である。

私は、本物のテレビ番組のシナリオを視聴したいと強く感じる。

今の時代は、インターネットであり、テレビは終わるだろう。

私が言いたいことは、人気じゃない店を、大人気に見せる。

メディアの伝える、という本質的なことが現代では無視されている。

伝統とは、エンターテインメントではなく、歴史・文化のロマンである。

そして、シナリオというのは、ドラマティックは、まったく存在しない。

芸能人が、芸能人を批判することあるけど、娯楽化である。

私は、メディアの取り上げた内容を重視して、メディアを感じている。

批判ではなく、私は、完成度の高いシナリオを期待している。

私も詩人、作詞家、作家、エッセイストの仕事して、日々勉強である。

真実と本質的なことは、メディアだけではなく、日常生活にもある。

その日常生活の向上心を失ったら、嘘と偽りではないでしょうか。

人を助けることをしない、人を無視する、それで真実なのか疑問。

テレビと企業のつながりは許されて、政治と企業は許されない。

私は考え過ぎではなく、スーパーのマイタケの価格が高くなっていた。

話を聞いたら、テレビ放送されて安く売り、後に価格を上げた。

メディアとは何か。それを問うのは、視聴者の心眼と感性にある。

 


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