現実に生きる可能性|エッセイ|


現実とは、苦行のように苦しみもあります。

その苦しみを試練として発想したとき、新たな勇気を授かります。

私も苦しみの中で許し合い、憎しみ合わない善道を導きました。

過去の自己体験は、いじめグループによる猛烈な苦しみでした。

私は、中学校時代から20代前半まで、いじめられていました。

その自己体験は、重度の病気となり、今現在でも闘病中です。

いじめは猛毒であり、いじめは止まらない涙のように苦しめます。

私は、一人の感性を授かった詩人として志で立ち上がりました。

この世の苦しみ、悲しみは、不幸ですが、大きな力となります。

マイナスの体験をプラスという発想で困難を乗り越えてゆけます。

私も様々な自己体験しましたが、憎しみ合っても不幸であります。

逆に、許す心に気づいたとき、その体験は無限大となります。

私は、ここまで苦行の現実に打ち勝ち、真の志と信念で生きています。

現実逃避したこともあり、そして、現実から各地へ逃げたこともあります。

そのときは、それしかできなかった。ですが、私も過去の呪縛を解き放ちました。

いじめは、いじめる側が悪道であり、私の善道は命の可能性を信じること。

それが、私の栄養となり、善い出会い・善いご縁のつながりを創りました。

猛烈な苦しみ、悲しみは、少しずつ現実の中でも消えてゆきます。

困難を乗り越えて現実に気づいたとき、新しい人生観となります。

だからこそ、生きて、生きて、生きて、苦しくても生き続けてください。

必ず、真の勇気となり、新しく真の人間成長と命の可能性に気づきます。

私と一緒に、現実と闘い、現実に生きて、現実の無限大へゆきましょう。

 


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