常識と非常識とは何か|エッセイ|


大崎上島の常識が竹原市では非常識になり、

竹原市で常識が東京では非常識になる。

プロの心眼というのは、文化、芸術だけではない。

どの分野にしても視点と論点が違えば、非常識にもなる。

それでは、大崎上島での常識とは何か。

私は町づくり、観光づくりの基盤を重視している。

東京は多くの人が集まり、お祭りのように見えて感じるときがある。

人口の少ない大崎上島は、島内ビジネス。

簡単に言えば、離島であるからこそ、しっかりした地域力がある。

東京では、ご近所に誰が住んでいるのか情報など少ない。

というよりも、地域力の結束は大崎上島が東京よりも数百倍以上ある。

離島というのは、独自の伝統文化歴史を創り上げている。

私が住んだ沖縄も琉球文化があり、

初めて沖縄のタクシーに乗って言われた言葉がある。

「にぃーにぃー、やまとんちゅうか」

簡単に説明すれば、お兄さんは大和の人ですか。

「やまとんちゅう」とは、本土の人である。

私は沖縄の言葉を聞いたとき、不安よりも楽しくなった。

観光でも旅でもない、私は沖縄に住むんだと強い意志だった。

大崎上島と沖縄共通点は、やはり地域に根ざした郷土愛。

しかし、一つだけ大きな違いは、沖縄の人達は島人として沖縄タイムがある。

沖縄タイムとは、のんびり、ゆったり、ほんわか、のほほん。

言葉も優しく、音楽の島でもある。毎日、お祭りみたいだった。

しかし、東京のお祭りみたいな日々と、沖縄のお祭りは大きな違いがある。

東京はクール、沖縄はパッション。

冷静と情熱の間ではないが、ちょっと冷たい東京、ちょっと楽天家で熱い沖縄。

東京の冷たいは、とにかく人が多いから一人一人に「おはようございます」なんて言えない。

政治家でしたら演説前の「皆様、おはようございます」と、あいさつで良いと思う。

私が東京に住んでいたときは、今とは考えられないほど早歩き。

腕時計を気にして早歩きして、駅、満員電車、とにかく忙しくて、それこそ、まっすぐ。

周囲の皆様がビジネスマンとかキャリアウーマンみたいだった。

それこそ、私もファッションを気にして、毎朝、美容院で髪のセット。

今となれば、映画とかドラマみたいな東京。 気にしていないような、気にしている東京。

一方、沖縄は、みんなで楽しく一日一日を過ごすこと。

「なくるないさ」という言葉があるように「なんとかなるさ」である。

沖縄の情熱とは、とにかく南の島であり、

三線(さんしん)の弦楽器があれば笑顔で踊るような人達。

ですから、情熱と言っても、少し熱さの違う沖縄のリズムだと思う。

なかなか、むずかしい表現ですが、いつも、気にしてくれる熱い思いやりがある。

東京と沖縄は、大崎上島に共通点がある。

それは、東京で言えば「見ている」と、沖縄で言えば「気にしている」。

大崎上島の「見ている」とは、「あんた、どこから来たん」とか「どこの子」。

大崎上島の「気にしている」とは、少し不器用だけど会話してみたいとか。

東京も沖縄も、そして、大崎上島も冷静と情熱がある。

東京はクールに見えるけど、何かがあれば助けたり、助けられたりする。

常識と非常識とは何か。

それは、私の答えは、人と人とつながりを感じていること。

日常生活では、実は「見ている」と「気にしている」である。

それは、毎日ではなくても、たとえ、どこの国に住んでも同じ人間として心の中に存在している。

言葉では、キツイ言い方だったとしても、それは一つの愛情だと思えば良い。

人間関係でほどよく冷静と情熱の間で生きてゆけば常識として成立する。

結局、どこに住んでも、思いやりのある人達は愛される。

だからこそ、私は大崎上島を愛して地元でもあり、多くのことを学び感じて生きている。

それから、見過ぎ、気にし過ぎには要注意である。

私は私の道。そして、大崎上島での暮らしで気づくことがあるのは人間成長。

心の余裕で「なんとかなるさ」と、人生を歩めたら良いと私も感じている。

 


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